持続化給付金や無担保低金利の融資等々、国が頑張っていることは分かります。しかし基準を厳しくしている為に「酷い落ち込みが無い限り基準に達しない」状況に陥っていることは経済を後ろ向きにさせているように感じます。何故なら当然「休めば売り上げは減る」のですから「上手に休んで故意に売り上げを落としている」と自負する経営者も現れる訳です。人は自分の行為を正当化しようとしますし理論武装もします。働き方改革で労働時間を減らしてあげたい、コロナ禍で肉体的にも精神的にも疲弊しているから従業員を休ませてあげたい、コロナ感染リスクを少しでも減らす為に営業日を減らしている等々の理由が有ります。真実の行為の方も居れば「休んで金が貰えるなら働いていたら馬鹿をみる。上手く貰えないなんて経営者としては失格だね」という意見も有ります。でも冷静に考えて欲しいのは支給されるのは税金ですから形は違えど納税という形で返さなければならないのです。経営者個人としては一時的には儲かった、経営的に上手く行ったとなるでしょうけどマクロ的に見た場合「日本経済的には?」という疑問符が付きます。自分さえ良ければという経営者が増えれば日本経済は沈みます。スウェーデンのコロナ対策の投稿をしましたけど集団免疫を完全に獲得したかは未だに不明ですが、彼等は集団免疫を獲得する為には多少の犠牲には目をつぶる覚悟が必要だという理念で行動しています。「人はいずれ必ず死ぬから一時助けても限りない」言い換えると「自然に任せる」弱肉強食的にも聞こえる考え方に思えるかもしれません。また曽根綾子氏も同じようなことを書かれています。いずれ死ぬ老人を救急車を呼び救命処置をして高額な医療行為、投薬治療しても寿命は必ずやってくると疑問を呈しています。この考え方を再び経済の話に戻すと今の日本経済は社会主義国より社会主義です。絶対に倒産させない、廃業させない、潰さない方針のようで素晴らしいです。でも理想から現実に戻ると財源には限りが有ります。真面目に働いている企業に限り言わせてもらえば、どれだけ税金を投入しても潰れる所は潰れます。人の場合は死という終止符が有りますから終わりが強制的にやって来て終了しますけど経済には限りがありません。間違った判断をすれば日本経済が沈没します。行政は民間と違い「税金だから」と表現は悪いですが「垂れ流し」で反省しない傾向が有ります。だから今後の検証材料に経営日数や経営時間と投入金額の結果は「どうであったか?」という指標を作成しなければ今後来る違う国難に無計画な、その場かぎりの対応策になってしまいます。持続化給付金とは「持続化」で有って投入した税金で事業を継続してもらわなければ税金の無駄遣いになってしまいます。コロナ禍で無くても潰れる商いを延命させただけで結局潰れるとしたら。詐欺で給付金を獲得した輩が「こんなにも」という現在、給付金を貰って直ぐに「計画倒産」する不届き者も居るかもしれません。真面目にやって駄目になる人との線引き難しいでしょうけど「しっかり」検証して欲しいと思います。そろそろ日本もコロナ対策においては「集団免疫獲得なのか最後まで徹底管理するのか」と、「経済とのバランスは?」という考え方も徹底して欲しいです。