全快堂の治療は手術も出来ないし投薬も出来ない、よく考えてみれば誠に情けないから「治療」と宣うのは憚られる(はばかられる)。では何をしているのか?それは以前投稿したように患者様御自身が「治ろう」とするのを後押ししてる「だけ」のこと。そこには遺伝的な条件から老・若という年齢差や、男・女という性差も関係するし現実に悔しいけど貧富の差も介在する。そして環境的な要因も関係してくるのは否めない。貧乏の差とは治療回数で有ったりサプリメントの購入の有無だったり、環境的要因とは治療に専念出来るのか?例えば子育て中で有ったり仕事が忙しかったり家族が理解してくれなかったり、最大の理由は知人や家族が全快堂に通っているのに紹介してくれ無いということも含まれます。また運動や食生活に関心が有る家庭環境かも大きな分岐点になります。それらのトラップに引っ掛から無いで毎週のように全快堂に来る患者様を私は可能な限り精一杯治療することは当たり前ですが上記のこと以外に「どうしても」お願いしたいことが有ります。それは「治りたい」と切に願う気持ちを持ち続けて欲しいということです。私は患者様御自身の治癒力を「後押し」するだけの力しかありません。お医者様のように悪い箇所を取り除いたり薬の力で治したり出来ません。患者様が治ろうとする気持ちが有ってこその誠に情けない力しかありません。私的には「自律神経を整える」「腸を整える」ということを目指していますが患者様の生活習慣が乱れていたり「治ろう」という気持ちが無く「治して」という受身になっていると回復速度は天と地の差が発生してしまいます。先日も「さっき迄痛かったんだけど」と予約の電話口で話す患者様が居ました。それは正に「治ろう」「治そう」と御自身が動いた瞬間なのです。言霊(ことだま)は本当に有りますから全快堂の入口の壁に貼って有る良い言葉は力が入り悪い言葉は力が抜けます。信じられない人は「やってちょっ!」と必ず『名古屋弁』で言ってくれれば体験出来ます(言霊は本当ですが名古屋弁は嘘です)。「気」が全てを動かします。下等生物は「気」=「本能」です。腹が減るから狩りをする。敵と遭遇したから身を守る為に闘う。綺麗に見られたいから化粧をする。治りたいからも一つです。その力が強ければ欲望の上位に、必要性が低ければ後回しに。悪くなってから気が付きますが決して自然治癒力なんて強力ではありませんから「もっと早くから」「日頃から」と後悔のオンパレード。私は毎日聞いています。